優秀なのに、一歩を踏み出せないのはなぜか|優等生からビジネスリーダーへの転換
更新日:49 分前
仕事はできる。勉強もしている。それでも、自分から始められない

任された仕事は期限どおりに、質高く仕上げる。資格取得や社外の勉強会にも積極的で、知識量は社内でも上位。それなのに、新しい提案や前例のない取り組みとなると、なぜか自分から手を挙げられない――。
企業研修の場では、「優等生からビジネスリーダーへ、どう脱皮すればよいのか」という趣旨の質問が寄せられることがあります。質問する方の多くは、決して意欲が低いわけではありません。むしろ真面目で、自分の現状に問題意識を持っているからこそ、この問いが生まれるのだと私たちは受け止めています。
経営者や育成責任者の側からも、「優秀な社員が、なかなか主体的に動いてくれない」という声を耳にします。本人も周囲も、能力の不足ではない何かが一歩を止めていることに気づいている。本稿では、その「何か」の正体と、それを越えるための具体的な一歩を考えます。

知識を得ることと、不確実な中で行動することは別の力
まず確認しておきたいのは、学ぶことの価値です。MBAや資格、業務知識の習得は、判断の質を高め、議論の土台をつくる大切な投資です。本稿は学びを軽んじるものではありません。
ただ、学ぶことと、実際にビジネスを動かすことの間には、もう一つの段階があります。学びの多くは、問いと答えがある程度整理された環境で行われます。ケーススタディにも評価の基準があります。一方、実際の事業で向き合う課題の多くは、正解が決まっていません。情報は不完全で、関係者の利害は必ずしも一致せず、やってみなければ分からないことが残ります。
ビジネスリーダーに求められるのは、そうした不確実な状況の中で、手持ちの知識を使って仮の判断を下し、周囲を巻き込みながら動き、結果から学んで修正していく力です。知識は「動くための材料」であり、実際の判断や行動に使われたときに、本当の意味で活きてきます。「知っている」と「動かせる」は別の課題であり、後者は実際に動くことでしか鍛えにくい面があります。

一歩を止める「評価を失いたくない」という気持ち
では、知識も能力もある人が、なぜ一歩目で止まってしまうのでしょうか。すべての優秀な人に当てはまるわけではありませんが、研修の現場で繰り返し話題になるのが、「これまでの評価を失いたくない」という気持ちです。
学歴や資格、過去の実績は、その人が努力してきた証です。同時に、それが自己評価の支えになりすぎると、新しい挑戦はリスクに見え始めます。
失敗した姿を見せたくない
周囲から浮いたり、出しゃばりだと思われたりしたくない
準備が完全に整ってから動きたい
「できる人」と見られている今の立場を崩したくない
いずれも、真面目さや責任感の裏返しとして自然に生まれる感情です。ただ、正解が決まっていない課題に「完全な準備」は存在しません。評価を守ることを優先するほど、行動の選択肢は「確実にうまくいくこと」に限られていきます。
ここで役立つのが、学歴や肩書きをいったん脇に置いてみるという発想です。これは、学歴や経歴に価値がないという意味ではありません。「できる人に見られたい」という気持ちをいったん手放し、一人の実務者として目の前の課題に向き合ってみる、という姿勢の切り替えです。評価を守る側から、価値をつくる側へ。視点を移すだけで、見える選択肢は変わってきます。

「あの人は特別だから」という境界線を外す――ファーストペンギンの本当の意味
「ファーストペンギン」という言葉があります。群れの中で最初に海へ飛び込むペンギンになぞらえ、先が見えない状況で最初の一歩を踏み出す人を指す比喩として使われています。
この言葉を聞くと、新規事業を立ち上げた人や、大胆な決断で会社を変えた経営者を思い浮かべるかもしれません。そして「あの人は特別だから」「自分には真似できない」と、自分との間に線を引いてしまいがちです。
しかし、職場で求められるファーストペンギンは、英雄的な決断をする人に限りません。例えば、次のような行動も立派な「最初の一歩」です。
毎回手間のかかっている社内手続きについて、改善案をまとめて提案する
顧客から繰り返し聞く不便を、「担当外だから」と放置せず関係部署に共有する
会議で誰も口にしない懸念を、根拠を添えて最初に言葉にする
こうした行動に、特別な才能は必要ありません。必要なのは、「それは社長や上の人が考えること」と距離を置かず、自分の持ち場から事業の課題を自分ごととして捉える視点です。
注意したいのは、ファーストペンギンは無謀な人や、独断で突き進む人ではないということです。最初に飛び込む一羽が意味を持つのは、群れがその後に続けるからです。ビジネスでも同じで、一歩目の価値は、周囲を巻き込み、組織としての次の行動につながるところにあります。

明日からできる小さな実践――考え方が行動に変わるまで
「勇気を出そう」「失敗を恐れるな」と言われても、行動はなかなか変わりません。ここでは、一歩を具体的な手順に分けて考えてみます。
自分の業務と、顧客価値・事業成果の関係を考える
気づいた課題に、自分なりの仮説を添える
関係者と目的・権限・リスクを確認し、小さく試す
結果を振り返り、次の判断に活かす
【想定場面】
例えば、営業事務を担当するAさんが、見積書の作成に毎回時間がかかり、顧客への回答が遅れがちだと感じていたとします。これまでのAさんなら、「決められた手順だから」と、自分の作業を急ぐことで対応していたかもしれません。
まずAさんは、この遅れが顧客にとってどんな意味を持つかを考えます。回答の遅さが、比較検討中の顧客の判断に影響しているかもしれない。そう捉えると、これは単なる事務処理の問題ではなく、事業の成果に関わる課題になります(手順1)。
次に、「よく出る見積もりパターンをひな形にすれば、回答までの時間を短縮できるのではないか」という仮説を立てます。完璧な答えである必要はありません(手順2)。
そのうえで上司に相談し、目的(回答スピードの改善)、試す範囲(まずは自分の担当分で1カ月)、リスク(記載誤りを防ぐ確認方法)をすり合わせます。独断で手順を変えるのではなく、合意のうえで小さく試すことが大切です(手順3)。
1カ月後、かかった時間や気づいた課題を振り返り、上司やチームと共有します。うまくいった点と改善が必要な点が見えれば、それが次の判断の材料になります(手順4)。
この過程で、Aさんが特別な勇気を振り絞った場面はありません。あったのは、課題を事業の視点で捉え直し、仮説を持ち、関係者と確認しながら試すという、一つひとつの小さな判断です。優等生からビジネスリーダーへの転換は、こうした判断の積み重ねの中で進んでいきます。

経営者・上司にできること――挑戦できる環境を用意する
ここまで個人の側から考えてきましたが、一歩が出ない理由を本人の心理やプライドだけに帰すのは公平ではありません。提案しても頭ごなしに否定される、一度の失敗で評価が大きく下がる――そうした環境では、慎重な人ほど動かなくなるのは自然なことです。
経営者や上司が用意できる環境として、例えば次のようなものがあります。
提案をまず受け止める:未完成の提案でも、考えた過程を認め、一緒に磨く
試行の範囲を明確にする:「この範囲・期間・予算なら試してよい」と線を引く
権限と責任を揃える:任せる内容に見合った裁量を渡す
振り返りの機会をつくる:結果の良し悪しだけでなく、何を学んだかを共有する場を設ける
また、同じ「一歩」でも、踏み出しやすい形は人によって異なります。準備を重ねてから動くことで力を発揮する人もいれば、まず動いてから考えるほうが得意な人もいます。一人ひとりの特性を理解したうえで、どのような機会をどう渡すかを設計することが、ビジネスリーダー育成の質を左右します。

まとめ:ビジネスリーダーは、役職に就いてからなるものではない
ビジネスリーダーとは、部長や役員といった役職の名前ではありません。役職に関係なく、今の持ち場から事業の課題を自分ごととして捉え、周囲とともに動き、結果から学ぶ人は、すでにビジネスリーダーとしての一歩を踏み出しています。
知識や堅実さは、そのための大切な強みです。優等生であることを捨てる必要はありません。評価を守ることだけにとらわれず、その強みを「正解のない課題」に向けて使い始めたとき、優等生はビジネスリーダーへと変わり始めます。
最初の一歩は、小さくて構いません。気づいている課題に、仮説を一つ添えてみる。そこから始めてみてはいかがでしょうか。
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